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2006年3月11日 (土)

自動オルガンのための幻想曲K.608

P3110147ここのところヴェーグ&ザルツブルク・カメラータアカデミカのモーツァルトに嵌っている。
今日聴いたのは、セレナード集第9巻のコントルダンスやレントラーが収録された1枚。比較的初期の作品と一緒に6つのレントラーK.606やコントラダンスK.610などのモーツァルト最後の年の作品も含まれている。

この中の「自動オルガンのための幻想曲ヘ短調K.608」に非常に大きな感銘を受けた。
自動オルガンとは、時計と連動して機械的に音を出す演奏者不在のオルガンのことらしい。これをヴェーグは弦楽合奏用に編曲して演奏している。

モーツァルトはザルツブルクの宮廷オルガニストだった時期もあるが、いわゆる大オルガン独奏のための曲は書いていない。
困窮の極みにあったモーツァルトが生活のために作曲を引き受けた自動オルガンの作品。気乗りのしない仕事であったことはモーツァルトの残された手紙にはっきり書いてある。それなのに曲に籠められた精神的な深さは尋常ではない。

K.608は、明らかにバッハのトッカータとフーガを念頭に置いて書かれた作品だが、挑戦的なトッカータと厳しさの中に悲しみに満ちたフーガの主題が、静謐なアンダンテを挟んでラプソディックに展開していく。とてもおもちゃのような自動オルガンのための作品とは思えない内容の深さだ。
さらに弦楽合奏で演奏することによって、曲の隠されていた奥深い部分が明らかにされているようだ。ヴェーグの演奏は厳しさの中に深い慈愛も感じられて実に感動的だ。

P3110150かつてこの録音は、Capriccioの親レーベルであるLaserLightレーベルと契約した日本コロンビアからCDが出ていた。カップリングは異なるが同じ演奏。だが音が別の演奏と思えるほど異なっていて驚いた。
国内盤は音に丸みがあり暖かさは感じられるが各楽器が個別に響く。一方CapriccioのCDは楽器も溶け合い細部も鮮明、演奏者の息づかいもはっきり判る優れものだった。

P3110151原曲も聴いてみた。
「モーツァルト、オルガン作品全集」、ウィーンのPiaristenkircheのBasilika Maria Treuの1800年製歴史的オルガンをヘルベルト・タヘッツィが弾いている。ヴェーグの演奏を聴いた後ではずいぶんと楽天的に響く。

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コメント

この幻想曲は中学生の頃、ブラスバンドでコンクールに出た思い出深い曲です。色々な編曲で演奏されていますが、私は初代アンサンブル・ウィーン=ベルリンのCDを好んで聞きます。このような音楽を機械にやらせるモーツァルトって、相当前衛的な人だったんですね。

投稿: ぶりちょふ | 2006年3月14日 (火) 20時59分

へぇー、吹奏楽コンクールの自由曲でこの曲を取り上げるとは、なかなか渋いですね。
私がこの曲を知ったのは最近のことですが、やはりこのヴェーグの編曲が一番好きです。中学の時のコンクールの自由曲はスラヴ行進曲でした。

投稿: 山本晴望 | 2006年3月15日 (水) 07時33分

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