岩城宏之の悲愴
今日は暑かった。昨日雨だったこともあり湿度も高い。
昨日は、昼過ぎに音楽仲間が遊びに来てCDやLPを聴きながら3時間ほどの音楽談義。彼は相当なオーディオマニアだったりするので、私のオーディオの組み合わせのポリシーのなさについて耳の痛い指摘をされてしまったが、元々音楽の聴き方がお互いに異なるのでさらりと聞き流す。
夜はワールドカップ三昧。日本VSクロアチア戦に引き続き、ブラジルVSオーストラリア戦まで見てしまった。
ブラジルは別格としても、日本の選手たちの個々の力量はオーストラリアやクロアチアの選手に劣るものではないが、チャンス時の集団としての打撃力と個々のプレーの有機的な連携が他のチームに比べて著しく見劣りがするように思う。昨晩のクロアチアとの試合もやっと引き分けに持ち込んだという印象だ。
ジーコと選手達の意思の疎通が、最後までうまくいかないまま本番に突入してしまったのではないか。
今日は録画しておいた岩城宏之の追悼番組を見た。1996年4月のN響定期で、チャイコフスキーの「悲愴」。岩城宏之の生前最後のN響定期出演の映像だという。
得意としていたチャイコフスキーだけにオケを豊麗に鳴らした壮大な名演だった。第3楽章のシンバルの1発も実に鮮やかだ。
若き日の録音も聴いてみる。岩城宏之が30代だった頃の1967年録音で日本コロンビアのLP。CDでも出ているようだ。
実に丁寧な第1楽章、過剰なほど叙情的な第2楽章、最後の二つの楽章の赤裸々な感情の爆発など、やりたいことを思い切りぶつけたかのような体当たりの演奏。その分細部の仕上がりに粗が目立つのはやむおえない。
ついでに岩城宏之の録音歴の初期のアルバムも聴いてみる。
聴いたのはクラシック音楽でなく、「荒城の月」や「浜辺の歌」「赤とんぼ」などの日本の歌をオーケストラにアレンジした一種のムード音楽集で、タイトルは「日本の叙情」。日本コロンビアからの発売でオケはコロンビアポップスオーケストラ。こちらは南安雄の巧みなアレンジで聴かせる一枚。
実は、同じコロンビアに「日本の郷愁」という1958年録音のアルバムがあり、こちらが岩城宏之の記念すべき初レコーディングとなる。ところが当時N響の指揮研究員だった岩城宏之の名を表に出すことが出来ず。実際発売されたレコードには水木潤という仮名で発売されている。
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