源田の剣
2週連続の上陸となった大型台風は、本日未明に通り過ぎて行った。
我が家付近の風雨は予想されたほどでなく、18号の時のように近くの道路が水没することもなく、朝は爽やかな蒼い空が広がっていた。富士山も良く見えた。
「源田の剣~米軍から見た紫電改戦闘機隊」(高木晃治、ヘンリー境田共著 双葉社) 増補改訂版読了。
太平洋戦争末期に新鋭戦闘機「紫電改」で編成された343海軍航空隊の戦闘の模様を、米軍に残る記録や、存命の米軍パイロットからの証言を中心に、日本側の記録や証言と照合しながら詳細な戦闘の模様を浮かび上がらせた、凡百の戦記ものとは一線を画す画期的な書。
今年出た増補版は2003年に出版された同著の増補改訂版で、その後判明した誤りや事実が反映され、図版や巻末資料も増えている。
戦没したアメリカ側、日本側双方のパイロット一人ひとりの戦闘の模様と最期の様子を、可能な限り発掘しているのが驚きだ。
坂井三郎と並ぶ撃墜王、武藤金義や、人格と技量が卓越し誰からも慕われていた飛行隊長鴛淵孝大尉の最期の様子が、アメリカ側の資料と証言によって初めて明らかになっている。
本書を基にして、今年NHKが「撃墜、3人のパイロット」というドラマを製作している。
太平洋戦争末期の昭和20年1月に松山で編成された343航空隊は、当時生き残りのベテラン搭乗員を集め、新鋭戦闘機「紫電改」を揃えた日本最強の戦闘機隊と言われている。
特に昭和20年3月19日に呉空襲のために来襲した数百機の米軍機を迎え撃った空中戦では、日本機の損害15機に対して、50機以上もの米軍戦闘機を撃墜したとされていた。
ところが、実際の米軍側の記録では、この日空中戦で撃墜された米軍戦闘機は僅かに14機。
その中の4機は母艦まで辿りつき8名のパイロットは救出されていたという。
アメリカ側の記録から、その後終戦までのおよそ30回の343空がかかわった空戦のうち、撃墜数で米軍を上回った戦いは僅か1回という厳しい現実が明らかになっている。
しかもP47サンダーボルトやP51ムスタングなどの高性能戦闘機を投入してきた7月以降は、「紫電改」でも歯が立たずパイロットの質の低下もあり、ほとんどワンサイドゲームになっているのが読んでいて辛い。
だが読んでいて浮き彫りにされていくのは、日本のパイロットの技量が決して劣っているのではなく、アメリカとの圧倒的な国力差。
打たれ強いアメリカ機に比べ、当たれば簡単に火を吹く日本機の脆さ、機銃の故障や機銃弾の不良で翼が爆発してしまったりと、あたらベテランパイロットたちが本来の力が発揮できないまま次々と未帰還となっていく。
ここでは日米パイロットたちの人柄もできるかぎり紹介されていた。
読んでいて感じられるのは、著者の若くして逝った戦士たちへの深い愛情。
多くの若く有能な人材を無為に失ったあの戦争は一体何だったのだろうか。
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 月刊「レコード芸術」休刊に思ふ(2023.06.20)
- ラビ・マイカ ワイス著「この力続くかぎり 20世紀の梏桎からの自由の物語」そしてケンプの「ハンマークラヴィア」のことなど(2023.01.05)
- 村上春樹著「古くて素敵なクラシック・レコードたち」(2021.06.29)
- 明子のピアノ(2020.07.25)
- 武田百合子、「犬が星見た-ロシア旅行」(2020.05.05)
コメント