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2015年1月 5日 (月)

「美しく青きドナウ」オリジナル版

今日から仕事始め。
通勤途中に見えた美しい富士は俗世の移り変わりとは無関係に昨年と変わらぬ不動の姿。
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9日間の年末年始休みは雑事に追われ、いつもながら休養気分はないままに終わってしまった。

今日は出勤してからの社長の挨拶、そして仕事場での皆との挨拶が終わると、いつもと変わらぬ日常が始まる。
年末年始中の報告にひととおり目を通した後に時計を見ると早くもお昼の時間。

帰宅する頃、山の端から美しい満月が上っていく。

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今年は健康、そしてとにかく物を捨てることが目標。

昨日は3日に引き続き書庫に入り古い本と雑誌の整理をしていた。

部屋の一角には江戸期からの車長持が置いてあり、この中には明治、大正期からの教科書や黒っぽい古い本をしまってある。

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不用なものや価値のなさそうな本を整理しようと、まず中身のチェックを始めたらもう止まらない。

今では忘れられた作家たちの小説の類、紀行、観光案内、工学系の専門書、戦時中の写真集、大正始めから昭和19年までの「中央公論」「文芸春秋」百冊余りに混在して、昭和初期の新聞の切り抜きがいっぱい出てきた。多くは大叔父が関係していた満州関係の記事。

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これは整理に当分時間がかかりそうだ。とても捨てられない。

音楽はウィンナワルツ関係で、ウィーン男声合唱協会による、ヨハン・シュトラウス2世合唱曲を聴いていた。

オーストリア、プライザー原盤の国内盤LPにして伴奏はクサヴィエ・メイエル指揮のウィーン・トーンキュンストラー管ほか。

この男声合唱団はアマチュアとはいえ古い歴史と伝統を誇る団体で、「美しく青きドナウ」を初演した団体として知られる。

このLPでは「美しく青きドナウ」合唱版の最も初期のオリジナル譜と歌詞による演奏を聴くことができる。


現在巷で演奏されている「美しく青きドナウ」の成立には複雑な経緯がある。

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この曲は最初合唱曲として作曲されている。

それまで合唱曲の作曲の経験がなかったシュトラウスは、最初歌詞がない状態でピアノ伴奏と曲だけを作曲した。
その後、ウィーン男声合唱協会の団員だった警察官にして素人詩人だったヨゼフ.ワイルが曲に合わせて詩を付けて初演された。

この盤では初演直前のリハーサル時の譜面を使用し、ピアノ伴奏のみのオリジナルの歌詞で演奏されている。
後の改訂時に加えられた第5ワルツは演奏されていない。


解説文によると、最初のリハーサル時にはタイトルはなく単なる「ワルツ」としか譜面にかかれていなかったのが、初演直前のリハーサル時には「美しく青きドナウ」というタイトルが書かれていたという。

オリジナルの歌詞は、「とにかく歌って楽しく踊ろうじゃないか」といった内容の大衆的な内容となっていて、「美しく青きドナウ」」という言葉は全く出てこない。

現在一般に歌われているゲルネルトによる歌詞は、後になって「美しく青きドナウ」という言葉を曲名に合わせて加え、そのような雰囲気になるように作詞したものだ。
「美しく青きドナウ」の曲名の由来は未だに謎となっている。

この演奏は、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートのような洗練された都会的な演奏とは対極にある雰囲気で、大衆酒場でビールを飲みながら大勢で歌っているような野趣のある素朴な気配が何とも楽しい。


オラが仲間が作った歌だ、という本家の強みが自然に伝わって来てピアノ伴奏で素朴なのも良い。

シュトラウスが活躍していた時代のワルツとは、元来このようなものだったのだろう。

なおこの団体の録音時のメンバーの中には、シュトラウス一家の血を引くエドワルド・シュトラウスという人物が団員として加わっている。


彼は音楽家でなく判事だが彼の同名の父は指揮者で、本家ウィンナワルツのエクスパートとして数多くの録音を残し来日もしている。

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