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2016年1月 8日 (金)

ブーレーズ・フェスティバルのことなど

新年に入ってからしばらく穏やかで快晴の日々が続く。
一方で中東情勢、北朝鮮の水爆実験などなど世界は動乱の兆しあり、 自分の回りの小さな世界でも公私ともにいろいろあって2016年は波乱の幕開け。


今週もあっという間の金曜日。


一日は長いが一週間の経つのは速い。
明日から三連休とはいえ気分はとてもその気にはなれない。


昨日は入院している母の手術日となり1日休みを取った。

母は2度目の手術。
急な入院ではなくもともと手術予定であった入院なので深刻な状況ではないものの、老人の入院はそれなりに気を使う。

執刀医の先生とは10年以上のおなじみなので全面的に信頼してお任せ。
2時間余りの手術は順調に終わり夜には麻酔も覚めて本人は痛がっていたが、痛みがあるのは元気な証拠。

そんなことで夜のオケの初練習は欠席してしまった。


1月5日ピエール・ブーレーズ、90歳で死去。


ブーレーズの創る音楽には年齢を感じさせるものがなかったので、いつまでも若い指揮者のような感覚でいたが 90歳だったのか・・・とあらためて月日の経つのを思う。


ブーレーズは1995年のブーレーズフェスティバルでの印象が強烈だ。


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この時のブーレーズはアンサンブルアンテル
コンタンポランのほか、ロンドン響、シカゴ響、N響 を振り、ソリストもポリーニ、バレンボイム、クレーメルといった世界の超一流が終結。

バレンボイムやティルソン・トーマス指揮の演奏会も含めて、バブルの残滓のような2週間の豪華なフェスティバルだった。


この時、サントリーホールでのロンドン響との演奏会を聴きに行った。


チケット発売時のプログラムは

・クロノクロミー     :メシアン

・ピアノ協奏曲第2番  :バルトーク

・春の祭典

ソリストはポリーニで、数ある魅力的なコンサートの中で自分は迷わずこの日を選んだ。

ところがポリーニが体調不良で曲がシェーンベルクのピアノ協奏曲に変更。


さらに演奏会当日ホールに行ってみるとポリーニがコンチェルトを弾くことができないとの張り紙が出ていた。

代わりにシェーンベルクのピアノ曲小品を数曲弾くという。 実際のステージではポリーニはステージで出ては来たものの、数分の小曲を弾いて引っ込んでしまった。


さすがにこれではまずいと思ったのか、曲目にラヴェルの「マ・メールロア」が追加されていた。
おそらくほとんどリハなしだろうが、さすがにロンドン響は良い演奏をしていた。


他の2曲、メシアンとハルサイも予想どおりの整然としながら隙のない名演だった。


特にメシアンでの、一見雑然としているような「音のざわめき」が整然と交通整理されながら響いているという不思議な感覚は今でも強く印象に残っている。




今日はブーレーズ指揮の「春の祭典」の録音を聴いていた。


数ある録音中最初のフランス国立放送局管との演奏。

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「春の祭典」初演の50年後、1963年のブーレーズが初めて大編成のオケを振った録音とされるもの。
通信制のレコードクラブコンサートホールソサエティへの録音でADFディスク大賞を受賞している。


手持ちは国内盤のLPとDENONが発売したCD。


この演奏は音楽評論の大御所吉田秀和氏が著書「世界の指揮者」で、クリーヴランド管との再録音の熱烈な賛辞の中で紹介していた。


この文の中で、氏はこの画期的な演奏が発売当時にさっぱり話題にならなかったことを、ちょっぴり批判を含めて書いていた。


氏の影響ではないが、私はブーレーズの数ある「春の祭典」の中でこの1963年盤が最も好きだ。

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後のクリーヴランド管との録音のようなぞっとするような冷たさの漂う凄みはないものの、音が熱き塊となって旋回していくこの演奏には何度聴いても興奮させられる。

フランス国立放送管のちょっぴり色気漂う管楽器の響きも後の演奏には聴かれないものだ。

録音は当時のコンサートホール盤特有の残用少なめの硬い音だが、その鋭角的な響きは曲想にもうまく合っていると思う。


Yoitubeはブーレーズの春の祭典

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