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2019年12月 2日 (月)

マリス・ヤンソンス逝く

今日は朝から雨、昼時には台風並みのゲリラ豪雨となってしまった。

今日は仕事が休みで母の定期健診のために隣町の病院まで。
行く途中に国道414号が渋滞。

どうやら三つ目ガードが冠水して通行止めとなったようだ。

 

指揮者のマリス・ヤンソンスの訃報が入ってきた。
76才というまだまだ活躍して欲しい年齢。

ひところマリスの父、アルヴィド・ヤンソンスに興味があってその録音を集めたことがあった。
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マリス・ヤンソンスは父の資質を受け継ぎ、知的で誠実な音楽造りの中に人間的な暖かさを感じさせる指揮者だった。

 

ヤンソンスは1991年に沼津市民文化センターの開館10周年に当たり沼津に来演してくれた。
オーケストラはサンクトペテルブルグフィル。(旧レニングラードフィル)。

ムラヴィンスキー亡きあと当時の音楽監督のテミルカーノフとの同行だった。

 

 

その時のプログラムが見つかった。78629005_2614145142038190_75685247368885

沼津公演は全行程の最終日でプログラムを見ると欄外に付け足したような感じで、見るからに直前になって決まったような公演だった。

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曲目はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とショスタコーヴィチの交響曲第5番。

 

ショスタコーヴィチはムラヴィンスキーがこのオケを振って初演した曲。
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当時昇り調子だった40代後半のヤンソンスがムラヴィンスキーとは異なるアプローチで果敢に挑戦したフレッシュな演奏だったと記憶している。

 

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招聘する前に何か目玉になるものはないか?と当時の文化センターの館長さんから話しかけられたことと、決まった後もチケットがなかなか売れず、苦労されていたことを思い出した。

その数年前にはベルリンフィルの前音楽監督のサイモン・ラトルもバーミンガム市響を率いて沼津に来演した。

 

隔世の感があり。

 

今日はマリス・ヤンソンスの指揮でラフマニノフの交響曲第2番を聴く。

いくつかあるヤンソンスの同曲の最初の録音。

 

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・フィルハーモニア管弦楽団

 

  1986年11月19、20日 
  オールセインツチャーチ ロンドン スタジオ録音

ヤンソンス40代のCHANDOSへの録音。

第一楽章序奏から情緒纏綿と歌いフォルティシモではオケを開放的に鳴らしている。

各楽器をきっちりとバランス良く響かせ理知的にまとめているところが知性派のヤンソンスらしい。

第一楽章でティンパニの強打に導かれ劇的なクライマックスに達する箇所もチューバの咆哮が凄まじく、第四楽章クライマックスでのシンバルの付加とともに若き日のヤンソンスの情熱が爆発した1枚。

 

youtubeはマリス・ヤンソンスの指揮でマーラーの「復活」フィナーレ

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