明子のピアノ
終日の雨、明け方の激しい雨で目が覚めた。
巷は4連休。
本来今頃はオリンピックの開会で、日本中がお祭り気分で沸くはずが歴史的なパンデミックの到来、加えてこの雨。
Go toキャンペーンとはいえ道路を走る県外ナンバーの車は少ない。
木曜の夕方にいつも珍しいLPを聞かせてくれる後輩がやってきた。
読んで欲しい本があるという。
「明子のピアノ」(中村真人 著 岩波ブックレット)
この7月に出たばかり新刊書。
著者は彼の大学時代の友人でベルリン在住。
さっそくその日に読んでみた。
広島に投下された原爆によって命を奪われた19歳の女性が弾いていたピアノの物語。
このピアノは原爆投下の際に被害を受け、その時のガラスの破片がささったままの状態で残され、被爆ピアノとして知られる。
読んでいるうちにかつてNHKのニュースで紹介されていたのを思い出した。
古くなった家とともに廃棄されるはずだったこのピアノが数奇な運命で生き永らえて再生され、アルゲリッチやピーター・ゼルキン、アムランら世界的な名ピアニストたちの目に止まるまでのノンフィクション。
ピアノはアメリカのボールドウィン社のアップライトピアノ。
製造番号から1926年製造だという。
この当時、日本の家庭でボールドウィンのピアノがあるのは珍しい。
彼女の一家は父の仕事の関係でアメリカに住んでいた。
彼女もアメリカで生まれている。
このピアノは母が弾き、やがて成長するにつれて彼女も弾くようになった。
在米中に撮影されたピアノの前に座る生後七か月の彼女の写真が愛らしい。
一家は戦争が始まる前に帰国。
昭和20年8月6日、彼女が女学校の勤労奉仕に出ていた時に原爆が投下された。
当日彼女は体の不調を訴え「行きたくない」と呟いたという。
印象に残るのはアルゲリッチがそのピアノを始めて目にし「私も弾きたい」と、鍵盤の上に静かに手に置いてシューマン、プロコフィエフ、バッハそしてショパンを弾き始める場面。
その現場に立ち会ったピアニストの萩原麻未が「この瞬間、ピアノが大きく目を開いて蘇ったように言葉を発していました」の証言には深い感動を覚えました。
「彼女がショパンを好んで弾いていたことを、このピアノはよく覚えている」のアルゲリッチの言葉も泣かせる。
読んでいるうちにピーター・ゼルキンもこのピアノに出会い、このピアノでバッハを弾いたCDが残されていることを知った。
これはぜひ聞きたい。
すぐにタワーレコードにオーダーを入れた。
ゼルキン曰く「このピアノは18、19世紀の古い時代の音がする」と。
ゼルキンはこのCDの売り上げをすべてこのピアノの維持費のために捧げている。
この「明子のピアノ」の物語は、8月15日にNHKBSでドキュメンタリー・ドラマが放送されます。
youtubeはアルゲリッチが初めて明子のピアノに出会ったまさにその瞬間の映像
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