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2022年4月13日 (水)

ディーン・ディクソンのブラームス

ここ数日は初夏のような天気で半袖でも十分なほど。
明日から天気は下り坂。

通勤途中の小学校で見かけたベニバナマンサクのピンクの花。


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今日は朝早くに目覚めたので出勤前にホルンの朝練。
手持ちのマウスピースをいろいろ変えてみたりしていた。

 

月曜は休みで昼に母を沼津港近くの「山正」に連れて行った。

山正は本店が中心市街地にあり、行列のできる人気店。

かつては普通の鮮魚店で、まかないのような形で狭い店の一角で近所の人たち相手に食事を出していた。
自分のオフィスの至近距離でもあり、時々自分もお昼を食べに通っていた。

そのうち口コミで評判が広がり夜にお酒も出すようになった。

良心的な値段と食材の質の新鮮さでたちまち人気が上がっていき、魚が旨い沼津の店の中でもとりわけ全国に知られた名店に成長。

今では夜の部は予約もなかなか取れない。

 

今年の初めには支店が沼津港近くに開業している。

その沼津港店、開店30分前に到着したら既に予約表の6番目だった。

幸い開店と同時に入ることができて一日限定30食の山正丼をオーダー。


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これはぶつ切りの新鮮な魚介類を散らした創業以来の人気メニュー。

ここで母が入れ歯を忘れた、と言い始めて焦ったけれども、食材が新鮮で細かく切ってもあり、老人でも不自由なく食べることができた。

 

黒人指揮者の草分けディーン・ディクソンの指揮するブラームスを聴いた。

曲は「ハンガリー舞曲集」。
チェコ、スプラフォンのLPで、全21曲中17曲を収録。

 

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ハンガリー舞曲集

No. 1 In G Minor
No. 3 In F Major
No. 10 In F Major
No. 11 In D Minor
No. 12 In D Minor
No. 13 In D Major
No. 14 In D Major
No. 15 In B Flat Major
No. 16 In F Minor
No. 17 In F Sharp Minor
No. 18 In D Major
No. 19 In B Minor
No. 20 In E Minor
No. 21 In E Minor
No. 2 In D Minor
No. 5 In G Minor
No. 6 In D Major

ディーン・ディクソン(指揮)
プラハ交響楽団

 

ディクソンは黒人指揮者として初めて国際的な名声を得た指揮者。

今では都響の指揮者だったデプリーストをはじめ黒人指揮者はさほど珍しくないけれど、ディクソンが指揮活動を始めた頃は人種差別による偏見が大きく、特にアメリカ国内での活動には大きな障壁があったようだ。

ディクソンが人種差別に悩んでいた様子やその人柄については、岩城宏之の著書「棒ふりのカフェテラス」(文春文庫)に詳しい。

 

ディクソンの録音は今ではほとんど目にすることはなく、国内盤ではLP時代にこのブラームスのハンガリー舞曲集から数曲が廉価盤に紛れていた程度。

LP初期にはウエストミンスターにウェーバーやシューベルトの交響曲を録音していた。

CDでは来日時にN響を振った協奏曲の伴奏録音がある。

 

ディクソンは気になる指揮者の一人。
それでも手持ちはシューマンの「ライン」や、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」など10指に満たない。

数年前にはベートーヴェンの「第九」という大物ライヴがCDで登場している。

このCDもヴィンダーリッヒやテオ・アダムといった豪華な歌手陣揃えていなければ、果たして日の目を見たかどうかはわからない。

 

このブラームスは、レコード・エンジニアとプロデューサーのクレジットが複数あるので異なる時期の録音を集めたものかもしれない。

曲順は1番から始まり、最後から2番目にもっとも有名な第5番、最後に第6番を配した独特の順番。

 

カチリと妥協を許さぬ硬派の演奏。
オケのアンサンブルは多少粗く音がザラザラしているけれども、音楽の流れは良い。

ただ強い個性は感じられず、今となっては多少面白みには欠ける。

 

Youtubeはディーン・ディクソン指揮フランクフルト放送響のマーラー、交響曲第7番のライヴ

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