夏の関西方面周遊、京都そして大阪万博のことなど。
7月の終わりから今月にかけて、大阪万博を中心に関西方面を巡っていました。
前半は神戸の叔母の家を拠点に京都と大阪万博。
水曜は早起きして一路京都へ。
途中、新幹線の車中で緊急津波警報が入ってきた。
震源は遠いけれど巨大地震のため津波の影響ありということらしい。
あとで聞いたら沼津は避難指示が出て、バスや東海道線などの公共交通機関が
一時的にストップ。スーパーも閉まったとのこと。
そんなことはつゆ知らず、9時37分京都駅着。
最初に11年ぶりの開放となった洛北、紙屋川近くの峰玉亭。
西陣織のウールお召の開発で財を成した、故松山政雄による贅を尽くした庭園とお屋敷を見学。
峰玉亭は訪れたお得意様相手の迎賓館。
さほど知られていないのか、京都のあちらこちらで見かけた外国人の姿はいない。
狩野派の多くの絵画の中に竹内栖鳳、円山応挙などの書や絵画がさりげなく飾ってある。
広げた帯や着物を美しく見せる仕掛けの数々が面白い。
非常に凝った建物だけれど、松山政雄は建物の完成を見ずに53歳の若さで世を去っている。
昼食はすぐ近くの川床で
この日の京都の最高気温は39度。
京都でもここは比較的涼しい場所のようだ。
相席になったのは三重から来たという82歳のお爺さんと若い孫娘さん。
昨日大阪万博に行ってきたとのこと。
幸せそうなお爺さんの表情が印象的だった。
続いて東本願寺別邸「渉成園(枳殻邸)」へ。
つい最近まで東本願寺門主の親族の住まいだったので公開されたのは最近とのこと。
邸内にあるいくつかの建物は整備も未了で荒れている様子だった。
とにかく暑い。
そのまま京都駅前の京都タワーに上る。
若い頃、出張ついでにここの階下のレストランで生ビールを飲んだことを思い出した。
あの頃の夏はさほど暑くなかった。
その日は神戸に住む叔母の家に宿泊。
夕食は芦屋にあるステーキハウスで、本格的な神戸牛をごちそうになった。
齢八十を超える叔父は、高校の頃から吹奏楽部でオーボエを吹き大学ではオケに所属。
テレマン室内オーケストラのメンバーにも師事したという。
今はさすがに楽器は吹かないけれど、音楽仲間とは月に一度は食事会を開いているとのこと。
神戸の叔父に会うのは親戚の法事の時くらいで、じっくり話をしたのはほとんど初めて。
会社を経営者していていろいろと話題が豊富。
音楽ばなしや阪神大震災のことその他、楽しい時間を過ごさせていただきました。
翌日は大阪万博。
長くなりそうなので詳細は次回。
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