本日の練習、Sさんの訃報と芥川也寸志の交響管弦楽のための音楽
あたたかくなりました。
家の近くの河津桜が満開。
そしてとなりの椿は散り始め。
沼響の創設者で初代事務局長だったSさんの奥様が亡くなり、一昨日はお悔やみに行っていた。
Sさんご夫妻がいなければ沼響は存在しなかった。
沼響のオーケストラとしてのおおらかな雰囲気は、Sさんご夫妻が作り上げたものだと今でも信じている。
奥様の枕元には「自分が死んでも誰にも知らせないように」との書き置きがあったそう。
Sさんご夫妻は、芥川也寸志さんが設立した新交響楽団の草創期のメンバー。
沼津に帰郷後、ご夫妻で沼津交響楽団を立ち上げた。
自分が社会人になったばかりの40数年前に、面識のないSさんから突然、「オーケストラを創るから入らないか」と電話をいただいたことは今でも覚えてる。
そして最初の顔合わせの練習のことも。
今や創立期のメンバーは自分ひとりになってしまった。
その後Sさんは交通事故で急逝。
Sさんが「いつか芥川先生を沼響に呼んで、先生の作品を演奏するのが僕の夢だ」とおっしゃっていたのを思い出した。
昨晩は沼響の練習日。
竹内先生の指揮でブラームスの交響曲第1番第4楽章。
そして奇しくも芥川也寸志の「交響管弦楽のための音楽」とファリャの「三角帽子」の終曲。
今回は打楽器も入り多彩な響きの中での練習になった。
練習の休憩中に、団長からSさんの訃報と芥川也寸志氏との関わりにも触れる話があり、特に芥川作品は格別な思いの練習になりました。

























































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