カテゴリー「旅行・地域」の記事

2019年9月 3日 (火)

山陰道三国横断の旅(番外編)

晴れ。夕方から遠くに雷鳴。

夜遅くに記録的短時間大雨警報が出たけれども雨は降らず。

隣町の富士市や長泉町に集中した模様。

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1年で一度だけ、数時間しか咲かないサボテンの花が咲いた。

 

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ポコは花好きです。

 

 

 

8月の山陰旅行の番外編です。
車窓からの風景と最終日での米子のことなど。

 

 

浜村駅から安来駅に向かう各駅停車の山陰本線。

 

Img_20190821_102231-1 途中の由良駅でなぜか17分の停車。

 

見ると多くの若者が途中下車している。
外国人らしき人も多数。
Img_20190821_102210 自分も釣られて降りてみるとアニメ名探偵コナンのイラストだらけ。

 

 

 

どうやらコナンの作者の生誕地で、アニメの聖地となっているらしい。

 

沼津もラブライブの聖地。

 

 

ようやく発車の時間になり、記念撮影を終えた若者たちが再び乗り込んできた。

 

Img_20190821_110659 大山駅を通過するあたりには風力発電の風車が多数。

 

 

 

足立美術館を見終わったところで、昼食がまだだったことに気がつき周囲を物色していると平日でもありどの飲食店も休み。

 

美術館内のレストランは再入場できないので利用できない。

 

やむなくバス発着場近くの土産物店で「島根和牛ライスバーガー」。

 

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沼津への帰りは米子から上りの「サンライズ出雲」。

 

乗車まで時間があったので米子市街地を徘徊。

 

米子市は人口15万人弱。
市立の歴史館と美術館、そして児童館がある。

 

美術館に行ってみた。
69293790_2402065386579501_67728129779354 図書館と同じ敷地にある美術館では子供向けのデジタルアートのイヴェントを開催中。

 

68955668_2402068009912572_33250921822426 入ってみるとなかなか工夫を凝らした面白い内容。

 

自分が書いた魚をスキャナで読み込んで壁いっぱいに泳がせたり、壁に現れた動物を表す漢字にふれると動物に化けたりと、童心に還って楽しんだ。
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夕食はネットで調べた駅近くの居酒屋「旬門」。

 

 

人気のお店らしく、5時を過ぎたあたりからお客が続々と入ってきてたちまち満席。
69700392_2402071369912236_60811585484635 家内と焼き鯖寿司や白イカの刺身などをつつきながら旅の余韻に浸っていた。
Img_2019821_173021 東京行きの「サンライズ出雲」は米子19時56分発。

 

寝台車内で早めの就寝。

 

4時には目が覚め、見慣れた東海道線沿線の風景を見ているうちに沼津着は5時30分過ぎ。
定刻より10分遅れだった。

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2019年8月27日 (火)

山陰道三国横断の旅(足立美術館編)

8月も最後の火曜日は晴れ夕方から強い雨。
この雨は明日いっぱいまで続く。

 

昨日月曜は休み。

 

出雲旅行中の最終日の帰りの「サンライズ出雲」の車中で歯を磨いていたら奥歯の詰め物が取れてしまった。

 

そこで行きつけの歯医者、同級生のタカちゃんの所で診てもらう。
30分ほどで処置は終了。

 

そのまま農協へ行き窓口へ行き、車など各種保険の見直し手続きなど。
保険の見直しで出費はかなり減った。

 

 

山陰三国の旅、三日目の朝は曇り空。

 

浜村温泉は鳥取駅から山陰本線で西へ3つめの駅。

 

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宿は駅から徒歩2分、鳥取市に近い温泉で網元経営ということで決めた宿。

 

最近リニューアルしたということで全館新しく風呂も広い。

 

料理は海鮮中心のなかなかの内容でCPは高かった。

 

しばらく宿でのんびりして朝風呂に入ったりして最終目的地の足立美術館へ。

 

 

再び山陰本線各駅停車で西に向かう。
行程は2時間あまり。

 

車窓からの景色は単調だ。

 

けれども温泉上りのうつらうつら感でなんとなく快適。

 

家内は編み物を始めている。

 

2両編成ワンマンカーのローカル感が良い。

 

東海道本線は定刻きっちりの運行だが、ここ二日の山陰本線はいつも数分遅れだった。

 

安来駅にはお昼前に到着。

 

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駅構内の安来節の紹介パネルには、昨晩玉造温泉街で見た安来節の座長ファミリーの面々だった。

 

駅前から無料シャトルバスに乗って美術館へ。

 

出発する前に運転手さんが「みなさん日本の方ですか?」と聞いていた。
全員頷く。

 

帰りのバスの乗り方の説明が日本語で始まった。

 

何もない田舎道をバスに揺られて20分ほど。

 

山奥に忽然と姿を見せたのは、この旅の最終目的地足立美術館

 

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安来出身の実業家足立全康が一代で築き上げたコレクションと日本庭園。

 

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米国の日本庭園専門誌で、900ヶ所の名所旧跡中16年間第一位の5万坪の庭園。

 

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横山大観の一連の作品に北大路魯山人、竹内栖鳳などの足立コレクションは圧巻だった。

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横山大観の名品「那智乃瀧」をイメージして山の中に人工の滝まで造ってしまった。

 

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一個人がここまでできるとは驚きだ。
考えてみれば良き時代だったのかもしれないが。

 

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手入れが大変なんだろうなぁ・・・

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2019年8月25日 (日)

山陰道三国横断の旅(松江、鳥取砂丘編)

晴れ、8月最後の日曜日。西風に秋の気配。

 

娘が友人との飲み会があるということで金曜夜から帰省していた。
午前中に帰って行った。

 

旅行疲れで何もせぬ日曜日。

 

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道路工事中の道の端にうっすらと富士の姿

 

 

 

出雲二日目は朝から雨。

 

早起きして目指すは、玉造温泉街から奥の玉造湯神社

 

 

 

勾玉などの古代生産地の跡に立つ古社。
宿から歩いて10分ほどの距離。

 

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雨の中、完全に球形に近い「願い石」にお参り。

 

チェックアウトを済ませてこの日の最初の目的地松江へ向かう

 

松江駅から市内を巡回するレイクラインバスにのり松江城大手門前で下車。

 

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小雨ぱらつく松江城。

 

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石垣沿いに立つ櫓が良い雰囲気だ。

 

天守は戦国の気風を残す古風な造り、さすがに国宝。

 

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天守の中に巨大な井戸があったのには驚いた。


ここまで追い詰められても最後の最後まで諦めない戦国武士の心意気。

 

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縄張りや櫓の黒壁を見ているうちに以前訪れた弘前城に似ていると思った。

 

弘前城には実戦を経験した大光寺城の追手門を移築した、矢や刀の跡まで残る四の丸北門がある。

 

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城の堀を巡り遊覧船の姿を見ながら小泉八雲記念館へ、

 

 

ここも盛りだくさんな展示。

 

続いて武家屋敷

 

 

ここは18世紀半ばの建築になる500から1000石取りの藩士の屋敷。
千石といえば武士の中でもかなり上級の部類だと思う。

 

以前訪れた高知県安芸市の土居廓中の武家屋敷、野村家の屋敷は松江の武家屋敷と比べるとかなり質素だった。

 

 

次の目的地は鳥取。

 

急いで松江駅へ。
山陰本線は本数が少ない。

 

ぎりぎり間に合った12時19発米子行きで鳥取まで。

 

出雲から伯耆を経て因幡の国へ。

 

鳥取駅から路線バスに乗り砂丘に向かう。

 

 

リフトのある場所で下車してリフトで砂丘口まで。

 

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ここは鳥取砂丘です。

 

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まず正面の高さ47メートル、傾斜32度の「馬の背」を目指す。

 

 

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戻ってくる人は皆さんうつむき加減。


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ある程度の暑さを覚悟はしていたけれども、直前に小雨があったので幸い涼しくて砂も固まっていた。


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これが炎天下だと最悪だろう。

 

初めて見る鳥取砂丘は意外と小ぶりだった。


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次に来ることはもうないだろうな・・・・たぶん。


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ここでは砂丘卵を買って二日目の宿、浜村温泉へ。

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2019年8月24日 (土)

山陰道三国横断の旅

「処暑(陽気とどまりて初めて退きやまむとすれば也)」も過ぎて秋の気配の土曜日。

 

この一週間は雨模様。

 

今週は日曜から夏休みをいただいたので金曜にして初出勤。
自分は半ばリタイア組なので机上には急ぎの書類はなし。

 

日曜から家内と山陰方面へ行っていた。


出雲、伯耆、因幡、山陰道三国横断の旅。

 

 

日曜深夜に沼津発23時40分の夜行寝台「サンライズ出雲」に乗車。

 

サンライズは10年ほど前に娘が出場した吹奏楽コンクールの全国大会の松山へ行って以来。

 

 

翌日朝、10時少し前に出雲市駅着。

 

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そのまま路線バスに乗り最初の目的地出雲大社へ。


空は曇天、さほど暑くも無く秋の気配が感じられるほど。

 

鳥居をくぐりそのまま拝殿へ向かう。


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八足門前の敷き詰められた石の赤い三つの輪は、発掘のときに明らかになった鎌倉期の巨大な本殿の柱の存在を示すもの。

 

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拝殿の裏で母に頼まれた朱印をいただきおみくじを引く。

 

おみくじは大吉小吉ではなくて番号が書いてあるのが珍しい。

 

自分は第五番、内容はよき事も悪いことも書いてある。

ちなみに家内も五番だった。

 

当然ながら同じ内容。

どうやら1番から30番まであるらしい。

 

これも出雲式か・・・


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左回りに本殿を囲む塀沿いにとぼとぼ歩いていると、とにかく小さな社がたくさん。

 

ここは八百万の神が集う場所。

 

10月に全国の神が集まる宿所も。

 

ひとつひとつにお参りしていくうちに賽銭用の小銭が底を尽いてきた。


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ひと回りしたところで帰り道に古代出雲歴史博物館へ。

 

 

 

中に入ると最初に目に入るのは、巨大な杉の木3本を束ねたかつて本殿を支えていた柱

 

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これは鎌倉時代に造営された本殿の柱だという。

 

近くには何種類かの本殿の復元模型、
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中でも荒神谷遺跡出土の銅剣は圧巻。


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これほどまとまった数の銅剣は始めて見た。

 

企画展示は「たたら -鉄の国 出雲の実像-」

出雲の国の製鉄の歴史を紹介するもの。

 

ここでかなり時間を費やして、門前町の表参道を散策していると雨が降ってきた。

 

 

昼時も過ぎたので手近な蕎麦屋に入り出雲蕎麦を味わう。

 

ここは舞茸の天麩羅がうまかった。

 

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外は土砂降り。

 

帰りのバスの時間が迫ってきたので再びバス停へ。

 

靴が濡れてしまった。

 

バスとJRを乗り継いでその日の宿の玉造温泉「佳翠苑皆美」へ。

 

玉造温泉駅からは宿からの迎えのバス。

 

玉造温泉は出雲風土記や枕草子にも紹介されている古い温泉地。


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美肌の湯ということで女性客が多かった。


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宿には貴重な美術品を集めたギャラリーがあり、本館に逗留した小泉八雲、芥川龍之介、島崎藤村、川端康成ら著名な文人墨客らの名前の一覧が壮観。

 

 

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おもてなしの心が細かなところまで行き届いた、風格のある伝統的な日本旅館。

 

今回この宿泊は子どもたちのプレゼント。


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夕食の懐石料理では島根の地酒三種の飲み比べ。

 

温泉に漬かった後に温泉街を散策。
雨は上がっていた。

 

 

路傍の足湯を通り過ぎて温泉会館へ。

 

ここでは安来節のライヴ。

 

お目当ての「どじょうすくい」を踊ったのは17歳の高校生。


師範だという。
どじょうすくいに流派があるとは知らなかった。

 

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ここでは座長の三味線の方が非常に上手かった。

芸一筋の、命を賭けた真剣さが漂う雰囲気。

 

この三味線が聴けただけでも収穫だ。

 

アンコールは小学三年生の「どじょうすくい」。

 

この子は座長夫婦の息子さん。

 

続きは次回。

 

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2013年10月27日 (日)

博多、中洲界隈

台風が去り青い空が広がる日曜日、キンモクセイの香りが庭に漂っている。

10月も下旬となってきたので今日は扇風機と入れ替えに暖房器具の準備その他家の片づけの一日。

博多旅行記その3

太宰府近辺を一通り見た後、博多祇園の宿へ向かう。
昼食抜きだったのでチェックイン前にホテル近くの「鉄なべ」へ。

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有名な店だけに6時前にして店の外には行列。だが回転が速く待ち時間は10分ほど。

S_20131019_185551店内は奥行きが有り意外なほど広かった。活気あふれる店内には元気なおばちゃんが仕切っている。

鉄なべに入った小粒の焼き餃子8個が一人前。これがビールのつまみに最適。
8個ではとても足りないが、これから食べ歩き予定だったのでセーブしておく。

チェックインの後、夜の中洲へ繰り出す。

川のほとりには屋台がずらりとならび大層な賑わい。

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屋台は値段が高めで外れも多いという話を聞いていたので見るだけにしておいて、手前の路地に入り、店の外に客が数人待っているKENZOカフェというお店に入ってみた。

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1階はカウンターのみですでに満席、2階は座敷席のようだが宴会が入っていいるらしく、人の良さげなご主人と若いスタッフが2階と一階をしきりと行き来している。

「空いていますか?」と聞くと「混んでます。忙しいです」との返事。
別のお店にしようかなとも思ったが、カウンターのアベックが食べているラーメンがうまそうだったのでしばらく外の丸椅子に座って待つことにした。

S_20131019_211920S_20131019_211528待つこと30分余り、ここでは博多ラーメンと丸腸、小腸を食べてみた。
びっくりするほどのうまさではないが庶民的で誠実な味。
出てきた小皿の図柄がご主人の似顔絵でさりげないこだわり。

既に餃子が腹の中に入っているのでこれで腹の中は飽和状態。
このあたりでやめにして宿に戻ると部屋に戻るエレベーター内に夜のそば一杯無料サービスの掲示。

家内が無料ならば食べたいと言い出して、よせばよいのにまた食べてしまった。
中鉢に入った程よい量のしょうゆ味ラーメン。
これがさっぱりしていて油まみれの胃にはよかった。

そして翌日。コンクールは前半の部だけにして、審査結果を聞いた後博多の繁華街、天神へ行くことにした。
しばらく歩くうちにヴィトンの直営店を見つけ入ってみるがなんとも場違いな雰囲気。
早々に店を出て遅い昼食はソラリアプラザのガンジスというインド料理の店。
ここではごく普通のチキンカレー。
家内はレジ横に置いてあったインドのアクセサリーを買ったりしている。

ここでコンクールを終えた上の娘から電話がかかってきたので、娘の宿の近くにあるカフェ ロイヤル パークで待ち合わせ。

S_20131020_163653_2S_20131020_163759コンクールの採点結果や団員の様子などを聞く。
店内には何故かマーラーの巨人がBGM。
これから打ち上げに行く娘と博多駅で別れ、土産を購ったのちに福岡空港へ。

この日の東京は激しい雨。その影響で搭乗予定の便が30分遅れ。

羽田到着が30分も遅れると、最終の新幹線に間に合わない可能性が出てきた。

日航のカウンターに行くとその前の便も遅れているが空席が二つあるとのこと。

搭乗便をこちらに切り替え、結局予定より早めに羽田到着で自宅到着は23時ちょい過ぎ。

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2013年10月26日 (土)

太宰府光明禅寺と観世音寺

台風27号は太平洋上を通過、夕べからの雨が終日続く。

今日は靴その他の買い物、図書館で先週訪れた吉野ヶ里関連の本を借りたりしていた。

夕方父の従姉弟が大叔母が亡くなったことの報告にやってきた。享年96才、葬儀はごく身近のみですませたとのこと。

家には、その大叔母が女学校の音楽教師の時に使用した大正初期の山葉製のオルガンが今もある。

いわば自分の音楽好きのDNAはこの大叔母がルーツかもしれない。ハイカラで英語も堪能。自分が中学時代には英語を教えていただいた。

博多旅行記その2です。

太宰府天満宮は今年2月に職場の親睦旅行で訪れたばかりだが連れの家内は初めて。
最初は天満宮の門前を散策し2月には行けなかった近くの光明禅寺へ向かう。

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ここは庭の紅葉で有名だが盛りは11月中旬、まだ紅葉の前触れも見られない。

だが青い苔と白砂が見事な落ちつきのある見事な庭。http://kariud.exblog.jp/1964813/

観光客もさほど多くはなく静謐な雰囲気があたりを漂う。

近くの茶店で名物「梅が枝餅」をいただく。

S_20131019_152058その後天満宮をお参りをした後に九州国立博物館へ。
http://www.kyuhaku.jp/

博物館の手前でホテルニューオータニ直営のオープンカフェがあり、昼食もまだだったので3時30分から限定発売のパンケーキ目当てに中に入る。

ところがパンケーキは売り切れだとのこと。時計を見たら3時45分・・・・
やむなくアップルパイその他。

博物館は2005年にできたばかりのガラス貼りの巨大な建物。
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建物内も開放的でその巨大さには圧倒されるようだ。


企画展は「尾張徳川家の至宝」。

源氏物語絵巻や豪華な大名嫁入り道具に、ヒンヤリとした殺気の漂う名刀の数々。
九州の歴史を俯瞰する常設展も見応えのあるもの。

じっくり見たいのだが閉館時間が迫ってきた。

家内が今回大宰府政庁に近い観世音寺をどうしても見たいと言いだした。
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日も暮れ始めたこともあり博物館からタクシーを拾う。


このタクシーの運転手さんが大当たり。話好きで太宰府の薀蓄話を沢山きかせていただいた。

そして観世音寺。 http://www.dazaifu.org/map/tanbo/tourismmap/4.html
余り期待してなかったがコンクールを除いてはこの旅最大の収穫だった。

7世紀後半天智天皇開基の古刹観世音寺の今の本堂は後の再建によるもので、さほど大きくはない。

S_20131019_164818_2だが寺の内外に点在する巨大な礎石は、九州最大の寺院であった往古の隆盛を彷彿させるのに十分だ。


寺内の梵鐘は日本最古のもので国宝。千年を経て今も現役。
菅原道真もその鐘の音を聞いた名鐘だ。

青錆びた表面と幾分磨滅した表面に神韻たる風格。

そしていままさに閉館しようとしていた宝物殿に滑り込む。

2階に上がると、天井の高い広大な空間に全長5メートルほどの巨大な観音像3体が目に入ってきた。
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その周囲に3メートール前後の四天王像や菩薩像15点。10世紀前後に製作されたこれら全て重要文化財。

圧巻だった。

見学者は家内と自分だけ。しばし二人で呆然と立ち尽くす。

お寺の横には鑑真によって建てられた戒壇院。これは東大寺、下野薬師寺とならぶ日本三大戒壇院。

あまりの見事さに虚脱状態となって、二人で近くの西鉄五条駅へ向かう。

途中見かけたブティックで駅の場所を聞いたら、ハイになった家内がここで洋服を購入。
こんな旅先で買うこともないと思うのだが・・・・

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2013年10月25日 (金)

博多から吉野ヶ里へ

鈍足の台風27号は進路を変えて上陸の可能性はなくなった。これから偏西風に乗り速度を上げて早くに遠ざかってほしいもの。

昨日は東京出張。
現地で他組織のお偉方と合流し、昼食会を経て予定された行事をこなす。
相手がテレビで見かけるような著名人たちなので気苦労多し。疲労困憊で帰宅。

帰りが遅くなり先週に引き続きオケの練習はまたもや欠席。

以下は先週末の福岡旅行の備忘録です。

S_20131019_061614先週の金曜から娘が出場する全日本吹奏楽コンクール一般の部を聴くために家内と一緒に福岡へ。

このような旅は松山、青森に続いて3度目のこと。
吹奏楽コンクールの職場・一般の部は全国持ち回りなので、この種の全国行脚も良いものだ。

福岡までは前回の青森同様、金曜の夜に発つ高速バスを利用。
乗車時間は青森を上回る13時間余り。国内最長距離を走る高速バスらしい。
下の娘の居る横浜から乗ることにして夕方に娘と待ち合わせ一緒に食事。

その後19時40分発の西鉄のライオンズエクスプレスに乗車。
先が長いので、持参したタブレットで映画でも見ようとしたら車内にコンセントがない。
座席が狭く快適とは言えない13時間余り、外を見ても暗闇が広がるばかり。

早朝に寄った下松SAは雨。

博多バスターミナル到着は定刻より15分遅れの9時。
朝食は駅ビル地下のお店で牛タン定食。およそ博多らしくない食のスタートとなった。
プラス150円で明太子と卵を付けておく。

そのまま鹿児島本線に乗り本日の最初の目的地、佐賀吉野ヶ里へ。
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鳥栖で熊本本線に乗り換え、博多からおよそ40分余りで吉野ヶ里駅へ到着。


駅は比較的新しい建物。おそらく遺跡発見前は散村の無人駅だったのではなかろうか。
土曜日とはいえ降りる客は少なくブームは去ったような印象。

駅を降りたら吉野ヶ里の特徴的な望楼が見えることを想像していたのだが、周囲を見渡してもごく普通の農村風景が広がるばかり。

駅のホームで掃除をしているおばさんに「吉野ヶ里遺跡はどこですか?」と聞くと。
指をさして「あそこで聞いてください」との無愛想な返事。

指の先には観光案内所。女性職員が二人暇そうに座っている。

ここで場所を聞くと、西方の遙か遠く(のように見えた)銀色のアーチのようなものが見える場所だという。

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家内と二人で小川沿いの道をとぼとぼと歩く。


両サイドには稲刈りが終わった田が広がっている。小川で沢山泳いでいる小魚はフナではないようだ。ハヤかな?

歩くこと15分ほどで吉野ヶ里公園入口。
入口ゲートから公園内に入ると雨がポツポツ降り始めた。雷が多い所らしく雷への注意書きが目に付く。

しばらく歩いても望楼はいまだ見えず、そのうち周囲を乱杭に囲まれた空堀が見えてきた。外敵をはばむ城塞都市の出現。

S_20131019_120356身分の低い人たちの住居が集まる南郭、そして大人(タイジン)と呼ばれた支配層が住んでいた北郭を順に回る。見学の人は数人ほど。

郭内にたむろしている人々は弥生人の服を着たボランティアさんたち。
土器で何かを煮たりしている。

3年前に訪れた青森の三内丸山遺跡は、荒涼とした雰囲気の中には古代の摩訶不思議な妖気のようなものが漂っていたが、吉野ヶ里では開放的な明るさの中に、現代社会へ近い俗のようなものが濃厚に感じられる。

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三内丸山と吉野ヶ里の、2000年の時間差と北国と南国との場所の違いは大きく、文化や思想のみならず全く別種の人々が暮らしていたことを肌で感じ取れたのが貴重な体験だった。

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資料館の中には甕棺の中の首なし人骨や矢じりを多数撃ち込まれたまま埋葬された人骨、そして杭に囲まれた堀と高い望楼、常に戦時体制であった緊張感が顕著。

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この時代は身分の差が歴然となり、富の争奪のための戦争に明け暮れた暗い時代だったのだろう。

復元された建物群全体に感じられる南国的な平和な明るさと実体との大きな違和感。

支配者が埋葬されたという墳丘は、沼津で数年前に発見されたほぼ同時代の前方後方墳、高尾山古墳と似ている。あのあたりも発掘すれば同じようなものが出てくるのだろうか。

公園内の無料の資料館でいただいた「魏志倭人伝」の解説文は、移動の電車中の良いひまつぶしになった。

遺跡内を散策しているうちに2時間余りが経過。
お昼の時間も過ぎたのでゲートを出て再び駅までの道をとぼとぼと歩く。

次の目的地は太宰府。

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2011年11月 6日 (日)

JAZZ喫茶「想苑」と箱館奉行所

曇り時々雨。どうやら風邪をひいたようだ。


青森旅行記その3

翌10月31日は市電の一日乗車券を購入し市内観光。
8年前はレンタカーで大沼周辺が主だったので中心市街地は久しぶりのこと。

まず市電に乗り五稜郭へ。

途中、箱館戦争の激戦地だった千代が岱電停を通過。
この地の中島町の由来となった幕臣中島三郎助親子に思いを寄せる。
http://d.hatena.ne.jp/nisinojinnjya/20080516

五稜郭では五稜郭タワーに乗り全体を空中から俯瞰。

S_pa260730

タワー内の展望スペースには、函館戦争時の幕府方の幹部だった写真が数多く展示されていた。

当時函館には写真師田本研造が写真館を開いており、今生の記念にと記念撮影を取ったのだろう。土方歳三の有名な写真もここで撮影されたもの。

S_pa260734 五稜郭の城内を歩くと、かつてなかった箱館奉行所が再建されていた。

古写真や図面、発掘成果を基に建築当時に忠実に再建、昨年完成したばかりだという。
平日ゆえに観光客も少ない。

S_pa260732

余裕で館内を見学する。畳も新しい大広間も興味深い。 誰もいなければ寝ころびたい気分。

五稜郭を後にして、市電で立待岬のある谷地頭一つ手前の青柳町電停で下車。
観光客はほとんど訪れない函館公園を散策の後、目的地のひとつジャズ喫茶「想苑」で休憩。
1958年から続くジャズ喫茶の老舗。

30年ほど前にこの喫茶で流れていたシュナーベルの弾くベートーヴェンの「皇帝」の印象が今でも忘れられない。あの時は品の良いご老人が店主だった。
http://harumochi.cocolog-nifty.com/horn/2006/02/post_c734.html

なぜかあの時はクラシックが流れていたが、今は正統派のジャスがJBLのスピーカーから流れている。

ここも代替わりしていて年月の経過を思う。
今の店主さんにそのようなことを軽く挨拶して辞した後、市電に乗り元町界隈を散策。

Comment_1_2 まずハリストス正聖教会。
http://www.orthodoxjapan.jp/annai/h-hakodate.html
ロシアビザンチン様式の教会。

内部は教会としては比較的狭いながら高い天井、そしてロシア聖歌がひっそりと流れている中で木製の椅子に座り独特のイコンに見入る。

暮れかかった外に出て、旧函館区公会堂の前にある函館市写真歴史館へ。
http://www.hakodate-kankou.com/photo/guide/index.html

お目当ては、日本最古の写真「松前藩石塚官蔵と従者」の現物。

T02200303_0250034410982497938_2 ところがこの写真が日本最古の写真であることが判ったために、重要文化財となった本物は函館市立博物館で保管されているという。

ただ複製が飾ってあった。

なにせ150年以上前の銀板写真なので、完全に風化。表面は灰色の濃淡のみで全く判らない状態だった。

幸い未だ画像が判別可能だった大正期に複製されており、こちらはその横に比較展示されている。

大正期に複製された写真は、ネットや図書館の本で見ることができるが、この風化している状態が見たかったのだ。

そしてすぐ裏手の旧函館区公会堂。
中に入ると若い女の子二人が鹿鳴館時代のような衣装でにこやかに写真を撮っていた。
明治期の洋館を体験するために、ヘアメイク付き2000円ほどで衣装を貸しているらしい。

それを見た家内が「私もやりたい」と言い始めた。
「年を考えたら?」と途中まで言いかけたが止めておく。家内はそのまま階下の受付まで降りて行った。
若い女の子たちにシャッターを頼まれたりしているうちに、家内が現れた。
なぜかそのままの姿。
「どうしたの?」
「やはり止めた」・・・・止めた理由は聞かなかった。

S_pa260739_2

公会堂の2階は広いホール。時々演奏会も開かれているようだ。

そうこうしているうちに日が暮れてきた。
再び市電に乗り函館駅前まで行き駅前通りを松風町付近まで歩く。

夕食は大門横丁の「龍鳳」で函館ラーメン。
http://jovanniblog.blog114.fc2.com/blog-entry-71.html
さっぱりとした塩味だがごく普通の味。

さらに一泊し、翌日12時04分函館発スーパー白鳥から新青森で東北新幹線に乗り継ぎ東京駅で上の娘と合流。

どんより乗り疲れて帰宅は8時過ぎ。

Youtubeは、函館のジャズ喫茶「想苑」の内部

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2011年11月 5日 (土)

青森から函館へ

11月とはいえ暖かな一日、夜から雨。上の娘は一時帰省中。多少風邪気味で、大人しく過ごした休日。

青森旅行記その2  

三内丸山遺跡を後にし、バスで青森市街に到着。ホテルにチェックインをしてそのまま夜の青森の街へ。
娘は団員仲間と新幹線で午後到着し既に練習に入っている。昼食は駅近くで大間のマグロ丼を食べているとのメールが入っていた。(あとで聞いたところ不味かったとのこと)

夕食はネットで評判の良かったホテル近くの「おさない食堂」という庶民風の食堂。
http://homepage2.nifty.com/entetsu/s2/aomori_osanai.htm外部リンク
メニューは非常に豊富で、各種定食からウナギ、うどんまでやっているようだ。

ここでも海鮮丼。だが沼津港界隈や家の至近距離にある「弥次喜多」で同じようなものを食べているので、さほどの驚きはなし。http://r.gnavi.co.jp/n088200/外部リンク
このお店はホタテが売りらしいと知ったのは、沼津に帰ってからのこと。

しばらく歩き商業施設アスパムへ。http://www.aomori-kanko.or.jp/外部リンク

ここの展望台で青森市街の夜景を見る。
眼下の青森ベイブリッジは貨物輸送が主ということで、車があまり通っていないのと節電で灯りを落としているので地味な雰囲気だ。

このアスパム裏手の小さなホールでは市民コンサート開催中。

2011102918340000

ちょいと覗くとロックバンドがガンガンと絶叫している。
10名ほどのお客。
申し訳ないが、あまりにも自己陶酔的な出演者に辟易し早々に退散。

翌30日はコンクール本番。

聴くのは午前の部のみとし表彰式の後に会場を後にする。

昼食は再び古川市場でのっけ丼。2回目なので市場内のお店をゆっくり見る余裕もできて前日よりも効率が良い品が完成。
ここで充分満足し、青森駅から14時56分発の特急白鳥で一路函館へ。

津軽半島を北上しているうちに雨がパラパラと車窓に降りかかってきた。青函トンネルを経て北海道へ渡ると再び晴れ。
木古内駅の沿線には、2015年新函館駅まで開通予定の新幹線の線路工事中。
北は北海道から南は鹿児島までの日本列島縦断新幹線の開通も近い。

函館着は17時過ぎ。函館は8年前に家族旅行で来て以来だが、函館駅と末広町界隈のベイエリアの近代的な変貌ぶりに驚く。

2011103017510000

9878842_v1320505865 函館駅前から市電に乗り十字街で降車して、洒落た赤煉瓦倉庫群を改造したショッピング街を通り宿の「ラビスタ函館ベイ」へ。
http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/69295/69295.html外部リンク
ここは13階にある温泉から函館の夜景が楽しめ朝食バイキングの評判の良いホテル。

近くの十字街には個性的なカレー屋「小いけ」があったことを思い出し、学生時代に食べた独特の味が懐かしくなり、記憶を頼りに夜の街を歩くと印度カレー「小いけ」本店の看板が見えてきた。
http://jovanniblog.blog114.fc2.com/blog-entry-45.html外部リンク

なんとなく以前と違うような気がしたが、名前がそのままなので入ってみた。

Comment_1 店は町の洋食屋さんといった趣で、カレーは小麦粉を煎って丁寧に作ったちょいと辛め。

外に出てふと路地の横を見ると、そこには同じような看板で元祖 印度カレー「小いけ」というお店があった。???
かつて食べた場所は元祖の方だった気がしてきた。
http://koike.tv/外部リンク

どうやら、先代が亡くなった後にお店が二つに分かれてしまったらしい。レシピは両方ともかつての味とは異なるということだ。時間があれば食べ比べてみたいところ。

宿に帰り13階の温泉露天風呂に浸かる。
海に近いためになめるとかなりの塩味。ナトリウム温泉だが、海水に浸ったようなベタベタ感がなくさっぱりしているのが良い。

Img_1460948_61081593_0_2 

正面にはライトアップされた旧函館区公会堂が見える。明日はあそこに行ってみよう。


だんだん食べ歩きツアーと化してきました。


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2011年11月 3日 (木)

弘前、津軽三味線と三内丸山遺跡

今日は文化の日。未だ長旅の疲れが残り体が重い。

二日休んだツケは大きく、昨日出勤すると机上は書類の山が雪崩状態。
来客も多く、気づくと昼の時間を回っていた。
そして夜は曽我先生の緊張感漂う指導でオケの練習。帰宅は10時ちょっと前。

以下は、青森への旅のコンクール以外の備忘録です。

S_pa240682_3

今回はできるだけ現地の滞在時間を増やすために金曜夜に出発する高速バスを利用することにしました。

金曜、仕事を終え一旦帰宅の後、家内を連れ一路東京へ。
八重洲中央口の遠距離高速バス乗り場は、金曜夜ということでかなりの混雑。
そして22時30分東京発のJR高速バス、ラフォーレ号へ乗車。
http://ameblo.jp/hbv502/entry-10902426928.html

9時間ほど揺られ、青森へは翌29日朝8時ちょうどに到着。

青森は学生時代に幾度か行ったことがあり、当時は青函連絡船の時代。
そのころの青森は幾分地味な港町といった印象だったが、30年ぶりの青森は横浜よりも長いベイブレッジが出きたりと、ウォーターフロント周辺が開発され垢ぬけた雰囲気が漂う港町に変貌していた。大震災の被害も見当たらない。

駅に降り立ち、朝食は古川市場ののっけ丼。http://www.aomori-ichiba.com/
100円でどんぶり一杯のごはんを買い、市場内の魚屋を巡回しながら好みの具を足していくというもの。大間のまぐろの切れっぱしやホタテ、いくら、ウニなどを載せてトータルで千円ちょっとといったところ。

こちらは沼津の住人で新鮮な魚は食べ慣れているとはいえ、栄養塩豊富な親潮から上がったホタテやウニ、いくらなどの美味しさは北国ならではのもの。

この日はレンタカーを借りて十和田方面の紅葉をお目当てにしていたのだが、腹が膨れたところで長時間車を運転する気力が減退。
ちょうど弘前紅葉祭りのポスターが目に入ったので、奥羽本線で弘前へ行くことにした。

S_pa240673_2

弘前ではまず日本商工会議所初代会頭、藤田健一の邸宅である藤田記念庭園に行き、大正時代の広壮な邸宅や将棋の名人戦が行われる茶室を見学。

S_pa240677_2 人工の滝が落ちる総面積6,600坪の広大な敷地も散策。ついでに庭内にある喫茶室でアップルパイを食す。

りんごの本場だけに弘前のアップルパイは著名らしい。
ついでに弘前は珈琲の街だと言うことらしいので珈琲も。
http://www.naritasenzo.co.jp/iinkai/index.html

庭園の道路を挟んだ目の前は桜で著名な弘前城。紅葉祭りは始まっているが紅葉の盛りには多少早いようだ。

S_pa240671

津軽氏が築いた弘前城は、重要文化財となっている天守閣と3つの櫓、5つの巨大な櫓門を擁する司馬遼太郎が絶賛しただけあって見事な近世城郭だ。

本丸から三の丸までさらに付随する郭まで掘と土塁、石垣が実に良く残っている。
実戦を経験した大光寺城の追手門を移築した矢や刀の跡まで残っているという重厚な四の丸北門には、殺気のようなものさえ漂っていた。
http://www.flickr.com/photos/genpi/6211953818/

広大な城跡を散策した次は隣接する津軽藩ねぷた村へ。
http://www.neputamura.com/

ここは観光客相手の食堂や土産物店が集まった観光バスが立ち寄るような場所だが、常時津軽三味線の実演が聴ける場所でもある。
入館料を払い数多の土産物店を潜り抜け、簡素な土間の演奏会場へ。

そこでは既に二人の若い奏者がスタンバイしていた。
お客は我らのほかには弘前大の中国人留学生が10人ほどと、そのガイド役らしき学生数人。

2011102912590000_2   これほどの至近距離での津軽三味線の生演奏は始めて。
奏者は葛西頼之に土田康平という人。二人ともその道のコンクールのチャンピオン経験者らしい。

二人とも若いが小学生の頃から修行を積んだという甘えを許さない真剣勝負の厳しさが漂う表情。
鮮やかな手さばきと、二人の個性がぶつかり合い丁々発止の格闘技のような緊張感漂う見事な演奏だった。

演奏の後には、通常の三味線との奏法の違いや楽器の手入れ方法までを教えてくれた。

そして弘前を後にし、今回の大きな目的の一つ三内丸山遺跡へ向かう。
http://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/
新青森駅から直通バスに乗り遺跡到着はほぼ4時近く。既に日は大きく傾き始めていた。
S_pa240698

バスの客は我々のほかには学生らしきアベックが一組。
立派なミュージーアムは後回しとして、とにかく日が暮れるまでに遺跡を見ておくことにした。

ミュージーアムのトンネルを潜り抜けると、そこは紀元前5500年から1500年の間に栄えた日本最大級の縄文遺跡が広がっていた。
S_pa240694

人もほとんどいない中、ポツンポツンと竪穴住居が点在、日も傾きなにやら霊気にも似たものが漂う凄愴な雰囲気だ。

家内曰く「ここはパワースポットね」

S_pa240700_2 巨大なクリの柱が林立する掘っ立て柱6本の横の復元された大型竪穴住居は、全長実に32メートル。中の広大な空間はあたかも国会議事堂の議場のようだ。
ここは重要な物事を決める集会場ではなかろうか。

外に出て1000年以上の間に捨てられた生活廃棄物が小山のようになっている横には、小さな甕が並ぶ子供たちの墓地。
土器の底近くには魂が出入りしやすいように人工的な穴が開けられていた。

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ミュージーアムの中には、古代縄文人の優れた美的感覚が伺われる土偶や装飾品の数々が展示されている。しかもその大部分は重要文化財。

日が暮れてあたりが暗くなったところで、ミュージーアムは閉館。そのまま宿へ向かう。

youtubeは弘前で聴いた津軽三味線、葛西頼之の演奏

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